臆病者の一撃@

思いついたことを適度に

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 あけましておめでとうございます。ハモンです。
 本日1月4日限りにおいてiTunesストアで秒速5センチメートルが無料だそうです。是非どうぞ。

 その感想を書こうと思ったんですが主題歌を探しているときにまともに恋愛もしたことないようなやつのわけわからん感想を見てしまったので余韻が途中で途切れてしまいました・・・残念。

 以下ただ吐露したかっただけなんで読みたくない人はここでこの記事終わりです。
 では、ノシ






 私は人ではなくなってしまった。色々とまだ捨ててはいけないものを捨ててしまった。いや正確に言えば、最終的には捨てるものだが捨てるのが早すぎた。まだとっておかなければならなかった。18にもならないうちに諦めて捨ててしまった。と、思った。第一話と第二話を見ているときは。私が諦めて失ってしまったものを彼はもっていた。そして良く考えればそれはまだ持っていなればならないものだった。でも第三話を見たときに私の選択は間違っていなかったことを理解してしまった。いや、正しくは、その選択肢が(本当は最善ではないにもかかわらず)現代では最善になってしまっていることを理解してしまった。やはり私の選択は間違っていなかった。でも間違っていて欲しかった。私の選択が間違っていればそれはとてもいいことだった。間違っていたほうが良かったのだ。私だけが間違った選択をしていればつらく悲しむのは私だけですんだのだ。でも私の選択は間違っていなかったし、周りの人間にもその選択をさせてしまった。私がいなければ最善であって欲しい選択肢を選んでいたであろう人たちを、だ。とても申し訳ないことをしたと思っている。それと同時に、私が悪いわけでないのも理解してしまっている。私にはこれを変える力はない。私の身近にいる人を、私の後ろをついてくる人に最善であったであろう選択肢を選択させてやることはできるが、その外の人たちを助けてあげることはできない。むしろ私のような板ばさみを生んでしまうだけだ。綺麗な水に泥水を一滴たらせば泥水だが、泥水に綺麗な水を一滴垂らしてもそれはただの泥水なのだ。私は今ある状況で最善の選択肢を選んだが、しかしそれは最善であっても最良ではなくむしろ最悪ではないとしかいえないほど悪い選択肢であり本当ならばこうあってはいけないのだ。私にもし守る人がいれば今のままがんばれるが、今の私に守る人はいない。私の人生をかけて私が守る人を守るだけの力はつけた、私自身だけでなくほかの人を守ることができる力もつけた。が、守る人はいないし、いまだに私は守られているだけの存在だ。私を愛してくれる人はたくさんいるが、私が愛するものはいないし、私と同じ墓に入る人もいない。もし今私が死んだとして、血縁関係がないにもかかわらず私の死を引きずってくれるものなど誰もいないのだ。だが私は不幸ではない。とてもできた両親に育てられている。私は不幸ではないのだ。しかし私自身はとても不幸なのだ。上を見るより下を見るほうがたくさん人がいる所で私は生きている。だから私がおいそれと死ぬわけにはいかないのだ。本当ならば今すぐにこの世界から、誰の記憶からも消え去ってしまいたい。麻薬に手を出し廃人となって何も分からなくなってしまいたい。でもわたしにはそれができない。そんなことができないほど立派に育てられてしまったし、責任感から私はとてもではないがそんなことをすることはできない。が、しかし生き地獄かといえばそういうわけでもない。ぬるま湯につかったような生活をしているのだ。天国にいるかのような幸せな暮らしをしている。だがあと数年もすればそれも終わってしまう。一人暮らしをできる給料はもらえるだろうし、車を所有できる年収ももらえるだろう。私は仕事ができるので仕事をやり遂げてしまうだろう。奥さんをもらい幸せな家庭を築けるであろう。だが、とても幸福なのだが、しかし私自身は不幸なのだ。今私がいるのはここだけだ、他では私を捨てて生きている。なんと不幸なことであろうか。今私は、他人のことなど顧みない男共と、娼婦のような格好をした女共がいる世界の中で生きている。どんなにSOSを出しても誰にも気付かれない。いや、気付いてもどうしようもないのだ。私のSOSに気付くものはまた私のように疲弊しきっている。私に構う力すらないのだ。人は生きてから死ぬまで孤独だと言うが私はそうではないと思っている。必ず心が通じ合う者がいるはずだと。だが、私は今まで私のようなものに会ったことがない。年々行動範囲を広げられるようになり、いろいろなところに行くが、しかし会えないのだ。表面上は私の求めている人のように見えるのだが知り合ってよく知ると全然違うのだ。嗚呼、もう自分で何を言っているのかわからなくなってしまった。私は、ハモンを私自身として作り出した。私はハモンでありハモンは私であるのだ。だが私はハモンではなくハモンは私でもないのだ。ハモンは私の一部しかもっていなかったのだ。一部ではない、ほとんどはハモンだ。でもまだ大事なものをハモンは私からもっていってなかったのだ。また、私は私として生きることも死ぬこともできず、私として生きていくのだろう。だんだんと余韻が冷め始めている。心の殻が閉まり始めているのだ。
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Author:ハモン
昔、メイプルストーリーというゲームにおいて、なつめサーバーではアビヌス、かりんサーバーではハモンという名前で遊んでいました。現在遊んでいるゲームでもこれらに準ずる名前を使用しています。
徒然なるままに、書きたいことを書いていきます。
リンクはフリーです。

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